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zoom RSS 批判と中傷、悪意(続)

<<   作成日時 : 2007/01/07 15:59   >>

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あちらの話はさておき、本題に戻りたい。前日の私の記事は、折角読みにきてくださった方に失礼なまま終わっている。こっちの方が私にとって責任重大なのだ。

中傷と批判は言葉の意味からすれば明瞭に違うが、対人関係において私たちは相手から自分がどう思われているかを優先して感じ取ってしまう。そのために巨大な匿名掲示板の参加者たちから一斉にコメントを寄せられると、悪意を感じて、冷静に受け止めることができずに、ショックを受けてしまう、そこまで言及した。

私は昨日の記事で、

・中傷
・強い抗議
・批判

の3つをあげたが、それ以外にも

・プライバシーの侵害(ほのめかしも含む)による嫌がらせ
・揶揄
・脊髄反射の類でしかないような罵詈雑言
・「侮蔑」に分類できるようなもの

まで、実に多種多様なものが押し寄せてくる。これら4つが悪意しか感じられないものであることは誰も否定しない。かなり鈍感な私だって良い気分でなんかいられない。


これは学校内でのイジメと同じではないかと云われる方もある。全くその通りだろう。いじめる側が悪意を持って、しかも集団で、特定の誰かを攻撃してる図式は、共通した現象と見ることができると思う。

そこで問いたいのだ。学校の中がいつから匿名の人間関係になったのいうのか。実名で成り立っている子供達の人間関係の中でイジメが発生するのに、ネット上では実名にすればイジメがなくなるなど、どうして云えるのか。

ネット上ではプライバシーの侵害と、それと、もしかすると「侮蔑」のような行為は抑制されるかも知れない。それだけで良いのか。実名にしたところで、抑制できる範囲は、おそらくその程度だと思う。


集団リンチを容認するなんて、とんでもない話で、それを無くそうとして、匿名だからイケナイのだと主張なさっているのだと思う。私も集団リンチのような現象はなくなって欲しい。その気持ちは、匿名であることを容認する立場の人たちも同じだろう。
ただ、実名を義務付けたにしても、炎上がなくなると考えるのは早計に過ぎると思うのだ。

では、どうすればよいのか。悔しいが回答は見つからない。私も自分の頭で考えていくしかない。


最後に。現実社会でのイジメの被害を受けると、blogの炎上どころでない、比較にならないほどのショックだということを申し述べておきたい。イジメられた子供に云わせれば、一緒にするなと云うに違いない。もっと酷い現実なのだと。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
青木さんの責任感と公正な判断に感服しております。
私も少々思うところを書かせてください。(相応しくない内容であれば削除して頂いて結構です。)

私は2chが実はかなり大衆の考え方を代表していると考えています。もし人々が同じ情報量を持って本音ベースで議論したとすると、かなり2chと同じような考え方に偏るのでは感じているのです。2chにおいては匿名だからこそ参加者が責任を放棄して本音を語っています。また、2chは一部の方が誤解しているような無分別な悪意の塊ではなく投稿者各位が各々の主張をもってコメントしているとも考えています。

二郎
2007/01/08 16:18
以下、その理由ですが…

大衆心理にはGroup Polarizationと言うものがあるそうです。ある事柄をグループで討議すると、メンバー各々の意見が最初に持っていた方向性の延長線上にある極端な立場へとシフトするという現象を指すとのことです。2chにおいては顕著に起こっている現象であると感じています。銚子電鉄のぬれ煎餅のように微笑ましい方向に動く事もあれば、殺人予告など冗談で済まされない結果も引き起こします。

ただ、2chにおいて書き込みのトーンがネガティブの方向に動く際にはそれなりの理由や根拠があることも個人的に私は感じております。

2chの管理人であるひろゆき氏の言葉であったと思いますが、私もネットには自浄作用があると信じています。(ボランティアによって運営されているWeb百科事典ウィキペディア等が良い例だと思います。) 2chにおいても間違った情報は正される方向に力が働きますし、法規的または倫理的にクロもしくはグレーの場合にも極端な攻撃の形をとって、ポジティブな動きをするとき以上のエネルギーで極端に走ります。

二郎
2007/01/08 16:26
と、持論を勝手に展開してしまいましたが…

地社会においてイジメが無くならない様に、ネットにおいて個人や団体の非難が無くなることは無いでしょうし、発言を抑圧すべきでもないはずです。全ての人間が多数に発信できる手段を得てしまった現代、情報を発信する場合(特に自身の身分を明かして発言する際)はネット普及以前より多くのリスクを背負うことになってきているのでしょう。それでも何らかの発信をする方々は発言により金銭面/個人的満足を問わず何らかの対価を得ているからするのでしょうし、リスクを犯したくなければ発言しなければ良いという単純なルールです。実社会のイジメと決定的に違うのは自身でリスクの大部分をコントロールする事ができることではないでしょうか。

最後にもう一つだけ、、
もし仮に、何かの間違いで2chのネガティブのエネルギーの洗礼を受けたとしても法や倫理観に触れるような事でない限り、青木さんのように当たり前の事が当たり前に出来れば、2ch参加者も直ぐに納得して騒ぎは直ぐに収束するのは今までの多くの騒ぎが照明しています。

長文すいませんでした。<(_ _)>
二郎
2007/01/08 16:30

コメントをありがとうございます。お陰で自分一人の頭の中から抜け出すきっかけが掴めそうです。全然違うところに反応してしまうかも知れませんが、その点はどうかお許しください。

現実社会と比べ、ネット社会では、他者との間でやりとりされる言葉がより純度の高いものになりがちです。現実社会では、例えば相手の顔が見え、声音が聴こえ、そのときの相手のしぐさや表情、そぶりといったものから、相手の発した言葉だけを受け取るのでなく、別の調味料も一緒に受け取ることができます。ネット社会では、まだそこまでマルチメディア化されてませんから、ひたすら活字になった、自分や相手の発した言葉を注視してしまう。そのために、集団極化といわれる現象が、より純粋なカタチで起こりやすいのだと思います。

内化と外化だけが繰り返され、対象化のプロセスが省略されやすいのかなぁ・・。
そういう問題ではないのか知れませんが、なんとなく直感的にそう思えてしまいます。
青木裕一
2007/01/08 21:36
ただ他の方がよく云われるようなDaily meといった現象は実はそれほど起きていないのではないかと思います。確かに私のネット仲間は同好の士が多いです。ですが、異なる趣味嗜好、考え方や価値観の違う人が突如目の前に現れても不思議でない状況にネット社会は既になっちゃってる。なので、似たもの同士が集まって集団極化に拍車をかけてるのだという、そういう考え方には私は賛成したくない。
そりゃ特定の掲示板やメイリング・リストには、一つの共通項を持ったメンバが集まってくるのは当然ですが、ネット社会の良いところは、反対の意見を持ったグループがすぐに見つかります。現実の社会でみつけるより楽です。

今回の私のケースは、思い出したくもないくらい、私の事実誤認が原因だった。だからこそ私も早く気が付くことができたのですが、もしもこれが別の理由だったら、たとえば信仰上のどうしても譲れない部分が原因だったりしたら。
ちょっと怖いところ、なんです。私はそのとき自分の信念を曲げずにいられるだろうか。まあ、そんな問題でblog炎上が起きてるケースは未だないみたいですが(^^;
青木裕一
2007/01/08 21:40
>>青木さん
なに教?
 
2007/01/09 23:00
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我等の主イエスキリストを信ず。即ち聖霊によりて・・(エト、、)おとめマリヤより生れ、ポンテオピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死して葬られ、三日目に死者のうちよりよみがえり、(・・・アリャ・・・・・ン〜〜・・コノアト何ダッケ )

(つまり、そーうゆ訳で)

我は永遠の生命を信ず。
Amen・・
良いおじさま
2007/01/10 01:08

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